今も昔も、地域に欠かせない場所の一つである「銭湯」。時代とともに変化しながら、訪れる人たちの身も心も芯まであたためています。
そんな銭湯の一つが、東京・台東区の日本堤にあります。「湯どんぶり栄湯」(以下、栄湯)という名前もユニークな銭湯は、1946年創業。都内の銭湯としては珍しい大きな露天風呂や最新のサウナストーブも備え、地元の常連客から若者にまで人気の銭湯です。
このエリアは、かつて「山谷」と呼ばれた労働者の街。しかし最近では再開発も進み、マンションが立ち並び、ファミリー層が増加。さらに上野や浅草にも近く、インバウンドの人たちも大勢、街を行き交っています。時代とともに、そうした多様な人々で賑わっているのが栄湯です。
そんな栄湯では、数年前にオンライン上のコミュニティをスタート。栄湯のお客さんに限らず、広く銭湯やサウナ好きが集まり、日々の情報交換を行う場所として盛り上がっています。また、コミュニテイ会員向けの清掃体験や、地域の保育園に通う子ども向けに「はじめての銭湯体験」を実施するなど、積極的にイベントも主催。
そうした活動について、栄湯の3代目である梅田清治郎さんは次のように語ります。
「せっかくこれだけ場所があるから、人に集まって欲しいんです。銭湯ってもともと、そういう場所だと思うから」
多様な人が集まる栄湯は、地域をどのようにあたためているのでしょう? 梅田さんに話を聞きました。
お風呂とサウナが超充実。丸ごと楽しむ「湯どんぶり」
栄湯を初めて訪れた人はきっと、そのおふろのバリエーションに驚かされることでしょう。
脱衣所を抜けて洗い場に入れば「ミクロバイブラ・でんき風呂」「ジェットエステ・座風呂」「薬湯」「超高濃度炭酸泉」が並び、さらに屋外では「大露天風呂」「水風呂」が楽しめます。別料金となるサウナは10人ほどが入れる広々とした大きさで、100度前後の高温や15分に一度のオート熱波が楽しめます。
栄湯で使われているお湯は、国に認められた天然温泉。バリエーション豊かなおふろやサウナ愛好家も満足できる設備がありながら、公衆浴場法で定められた一般公衆浴場として運営されているため、500円程度から楽しむことができます。
たくさんのおふろがあって驚きました!スーパー銭湯並みのバリエーションですね。
梅田さん:ありがとうございます。元々は屋内のおふろだけで運営していたのですが、自分の代で土地を買い足して、サウナや露天風呂を追加しました。
「湯どんぶり」という名前は僕の父が営んでいた時に、「これだけたくさんのおふろがあるなら」とつけた愛称です。その後、露天風呂に実際のどんぶりのような形の浴槽も追加して、まさに名前通りの「湯どんぶり」が完成しました(笑)。
サウナや水風呂、外気浴のためのイスもしっかりあって、サウナ好きにもたまらない空間ですね。
梅田さん:昔から地域の年配の方達も愛用していましたが、最近ではサウナ目当てに若いお客さんもやってきます。
実は先日、トレーラータイプのサウナを購入して、2024年中にご利用いただけるよう準備を進めている最中なんです。ちなみに、この駐車場はフードを販売する場所として使っていただくこともあり、イベント時には多くの方が訪れてくれます。
栄湯の向かいに、専用の駐輪場があることも印象的でした。建物の中も外も、空間を丸ごと使ってお客さんを楽しませてくれるんですね。
戦後創業からの3代目。街とともに変化する銭湯の姿
ここまで充実した環境が整うまでには、長い時間が必要だったのではないでしょうか。改めて、栄湯の歴史について教えてください。
梅田さん:栄湯は僕の祖父が1946年に創業した銭湯で、僕は28歳の時に3代目として引き継ぎました。建物はずっとこの場所にありますが、平成7年に大きなリニューアルをしたり、その後もサウナや露天風呂を建て増したりと変化を重ねてきました。とにかくお客さんに喜んでもらうことを考えながら、銭湯らしい雰囲気を残しつつ試行錯誤した結果、今のようなかたちに辿り着きましたね。
ちなみに栄湯のお湯は太陽熱温水器といって、屋上に設置したソーラパネルで太陽の熱を集めてあたためています。この装置は、祖父が昭和54年に取り付けたもの。当時の新聞記事を読むと、祖父としては「道楽で付けた」らしいのですが(笑)、今でも現役で使えるので助かっています。
父も「湯どんぶり」という名前をつけたりと、何か新しいことに取り組むのは梅田家の血筋なのかもしれません。
栄湯のある山谷地域の風景や利用者層も、時代とともに変わってきたのでしょうか。
梅田さん:山谷に対するネガティブなイメージは払拭されつつあると思います。2017年に「いろは会商店街」のアーケードが解体されたことが象徴的ですが、マンションも次々と建てられ、ファミリー層や若いカップルも増えてきました。栄湯の利用者の平均年齢も、以前は60代以上がメインでしたが、最近では30〜40代が中心になっています。
梅田さん:一方で、経営者の高齢化などの影響で地域の飲食店は減りつつあります。栄湯に来てもらうことは嬉しいですが、おふろに入った後、すぐ別の街に行ってしまうのでは寂しいですよね。
できるだけこの地域に長く滞在してほしいので、栄湯では近所の飲食店情報を載せたマップを配布したりしています。最近ではSanya Cafe(さんやカフェ)さんや山谷酒場さんなど新しいお店も増えていますし、サウナの後に味わう「サ飯」や、ふろ上がりに1杯飲むのにおすすめの場所など、地域の情報を伝えるよう工夫しています。
山谷という街を楽しむための入口に栄湯がなるように、積極的に情報を公開しているのですね。銭湯は500円くらいで楽しめますし、その前後で色々な体験とも組み合わせやすい場所になりそうです。
待合室のようなオンラインコミュニティ
栄湯が始めたオンラインコミュニティ「湯どんぶりの待合室」では、街のグルメや銭湯・サウナの情報などが活発にやりとりされています。オンラインコミュニティを始めたきっかけは?
梅田さん:コミュニティマネジメントの会社に関わっていたスタッフの発案がきっかけです。立ち上げたのは2022年ごろ。栄湯は脱衣所を出るとすぐにフロントがあり、リアルな待合室がなかったので「湯どんぶりの待合室」という名前でオンラインコミュニティを立ち上げました。
待合室はおふろに入ってさっぱりしたあと、のんびりしながら、ふとしたきっかけからコミュニケーションが生まれる場所だと思うんです。同じ湯に浸かったあとだと、全く関係がない人よりは声をかけやすいですし、そうしたゆるやかな交流が生まれる雰囲気を目指しました。
おふろで気持ちよくリラックスした後だからこそ、待合室では新しいコミュニケーションが生まれやすい。その関係をオンラインでつくろうとしたのですね。
梅田さん:はじめは少人数で試験的に始めて、楽しんでいる様子を見せるようにして、さらにメンバーを増やしていきました。集まるメンバーは皆おふろ好きだから、近所の銭湯やサウナの情報をどんどん交換していて。メンバー同士でウォーキングをしたり、誘い合って別の銭湯に行ったりと、クラブのような活動もコミュニティ内に生まれて盛り上がっています。
コミュニティでたくさん投稿するとランクが上がって、限定グッズが買えたり、プレゼントがもらえたりしますが、これは「常連さん」として長く関わってもらうための工夫です。おかげさまで、コミュニティを始める前よりも、多くのお客さんに栄湯へ足を運んでもらっています。
オンラインコミュニティから新たに足を運んでくれる人もいるんですね!
梅田さん:栄湯はおふろの種類もたくさんあるし、満足してもらえる環境は用意しているつもりです。ただ、最寄駅から少し遠い場所にあるので、足を運んでもらうためには何かのきっかけが必要でした。オンラインコミュニティはそのための入り口になっています。
特にコミュニケーション能力が高い人は、栄湯に訪れた後に、近所で居酒屋のマスターと話をして、山谷の情報を集めて楽しんだりするんです。その人がまた栄湯に来たときに、マスターから聞いた情報を教えてくれることもあって。僕が知らないこの街の変化や情報も、コミュニティのメンバーから教えてもらえるようになりました。
コミュニティの運営で大変なことはありますか?
梅田さん:銭湯の運営は、和気あいあいとした関係だけでなく、日々の掃除や営業時間の長さなど、なかなかハードな現実もあります。でも、そこを理解してくださっているのか、コミュニティメンバーの発案で清掃体験がイベントになったり、忙しい時には運営を手伝いますと名乗り出てくれる人もいたりして、逆に助けられています。単純にエネルギーをもらえるし、見られている感じもあるから身が引き締まりますね(笑)。
棚の数が足りないとか、時計の置き場所がこうだといいとか、ちょっとしたアドバイスもコミュニティのメンバーから上がってくるんです。ユーザー視点の細かなアップデートを重ねいけるので、運営側としてもプラスになりますね。
梅田さん:今年5月に3日間にわたって開催した松田医薬品さんとのコラボイベントも、コミュニティの声を参考にしています。というのも、これまで栄湯では、75年の歴史で全ての浴槽に入浴剤を投入することはなかったんです。しかし、コミュニティメンバーからも「ぜひやってほしい」という声があったため、5つの浴槽すべてに松田医薬品の入浴剤を投入するジャックイベントにチャレンジしました。
梅田さん:イベントにあたってはコミュニティから広報委員を募り、くじ引きなどメンバー発案の企画も行われました。そのおかげもあって、コミュニティのメンバーはもちろん、常連さんも喜ぶ大盛況のイベントになりましたね。
まさにコミュニティのメンバーと一緒に、栄湯を盛り上げる活動が行われているんですね。
街に訪れた人、暮らす人を受け止める場所
「おふろタイムズ」を運営する松田医薬品には「自然のあらゆる恵みを紡ぎ、人と社会を、あたためる」という理念があります。銭湯の役割について、梅田さんは普段どのように考えていますか?
梅田さん:「街の銭湯を守る」だなんて格好良いことは言えませんが、街に銭湯があったほうがいいことは間違いないと思っています。
先ほど待合室の話をしましたが、待合室では、親と別のおふろに入った子どもが、先に出てきて待つような風景も見られますよね。親としても一人で入れるか不安に思うけど、おふろ上がりに出会うと安心できたりする。銭湯はそんな成長を感じられる場所でもあります。
栄湯は地域の保育園の子どもを招待して、お泊まり遠足の前に、みんなでおふろに入る入浴体験も実施しています。夏場に水風呂を体験したとか、どんぶりで楽しんだとか、きっかけはなんでもよくて。街に銭湯が減っているなかで、小さい頃に一度でも銭湯を体験して、いい思い出ができれば、その後の長い関係が生まれていくと思うんです。
銭湯での体験は、街との長い関係をつくるきっかけにもなるのですね。
梅田さん:栄湯ではタトゥーのある方も入浴OKなのですが、その情報が何かで広まったのか、海外のバックパッカーの方も大勢来てくれるようになったんですよね。そうやって、いろんな人たちが利用してくださるのはありがたくて。一緒におふろへ入ったのをきっかけに仲よくなることもあれば、サウナで仕事の大事な話をすることもある。銭湯は本当に、色々な人がフラットに利用してくれる場所だと思うんです。
せっかくこれだけ広いスペースがあるから、人に集まって欲しいんです。銭湯ってもともと、そういう場所だと思うから。一度来てくれたら楽しんでもらえるはずですから、そのためにオンラインコミュニティや企画できっかけをつくり続けています。お湯に浸かってさっぱりしたお客さんたちが、気持ちよく笑顔になって帰ってくれることが嬉しいんです。
最後に、湯どんぶり栄湯の梅田さんからいただいた、松田医薬品の入浴剤へのコメントを紹介します。
お湯へ浸かれば、日頃の悩みや疲れもじんわりゆるんで「もう少し頑張ってみるか」と活力が湧いてきます。街にそんな人たちが増えれば、それだけでいい雰囲気が生まれるはず。
栄湯に訪れた人が満足して、さらに山谷の街を楽しむような関係が生まれる。そんな循環が生まれていることを感じたインタビューでした。「おふろタイムズ」では今後も、街をあたためる日本全国の銭湯や温泉を取材していきます!
松田医薬品の入浴剤に使われている「天然生薬」がまず最初、気になりました。入るとあたたまるし、入れすぎると逆に強烈。それは悪い意味ではなくて「これは本物なんだな」と思いました。生薬のブレンドを変えるだけで、色や香りが違うことに驚きましたね。コラボイベントを通じて生薬の深さがわかったので、これからも定期的にやっていきたいと思います。