おふろタイムズ

おふろタイムズとは

『おふろタイムズ』は、日々のおふろ時間を豊かにするウェブマガジンです。入浴の質を高め、芯まであたたまるための情報から、日本各地にある温泉や銭湯をめぐるストーリー、松田医薬品の入浴剤へのこだわりまで、さまざまな記事をお届けします。

2010年代から日本に巻き起こっている銭湯・サウナブーム。

湯めぐりのようにさまざまな施設を訪ね歩く人が増え、各施設では銭湯やサウナのロゴをあしらったタオルやハットが販売されています。

日本において古くから根付く入浴“習慣”が“趣味”にまで昇華されている現状は、もはや銭湯やサウナが一つの文化となったと言っても過言ではないでしょう。

しかし、私たちの生活に欠かせないものになっている入浴習慣が、現在のかたちとして定着するまでの歴史を知っている人は多くはないのではないでしょうか。

そこで、今回はフィンランドで暮らすサウナ文化研究家のこばやしあやなさんにお話をお聞きすることに。自らも銭湯やサウナを愛し、世界中の入浴文化に触れてきたこばやしさんに、日本のおふろ文化の歴史や独自性についてうかがいました。

お話をお聞きするうち、日本のおふろおよび銭湯とフィンランドのサウナとの間に、ある共通点が見えてきました。


プロフィール画像
こばやしあやな

(プロフィール)
こばやしあやな
サウナ文化研究家、フィンランド在住コーディネーター、翻訳家。

1984年岡山県生まれ、大阪・神戸育ち。2011年フィンランドに移住し、現地大学院で芸術教育学を学ぶ。「フィンランド公衆サウナの歴史と意義」というテーマで執筆した論文が学内最優秀論文に選ばれ、2016年にユヴァスキュラ大学修士課程を首席で修了。 卒業後に起業し、通・翻訳や現地コーディネート業務を続けるかたわら、サウナ文化のエキスパートとして、日フィン両国のメディア出演や講演活動、諸外国の浴場文化のフィールドワークを行なっている。2019年に『公衆サウナの国フィンランド-街と人をあたためる、古くて新しいサードプレイス』、2021年に『クリエイティブサウナの国ニッポン』(ともに学芸出版社)を出版。

日本の銭湯好きがフィンランドのサウナ好きになるまで

フィンランド在住のこばやしさんに、オンライン取材しました
フィンランド在住のこばやしさんに、オンライン取材しました

こばやしさんが「サウナの専門家」として活動されることになったきっかけを教えていただけますか?

こばやしさん:2011年にフィンランドに移住して、現地の大学でサウナについて研究したことがきっかけですね。数あるサウナの中でも、私がテーマにしたのは、日本の銭湯のように入浴料を支払って入る「公衆サウナ」です。 フィンランドで一時は激減した公衆サウナが、なぜ人気を取り戻しているのかについて研究していました。

フィンランドは“サウナの国”として知られていますが、健康科学的に効能を調べたり、建築物として工学的に研究したりするものが主で、社会文化史的にアプローチする研究はほとんどなかったんですよ。私のサウナへのアプローチはフィンランドの人にとっても新鮮だったようで、 現地のメディア出演や講演活動に呼んでいただいています。

私の本業は現地のコーディネート業務全般なのですが、昨今の日本のサウナブームの影響で、日本からも“サウナの人”としてお声掛けいただくことが増えました。

こばやしさんが通っていた、フィンランドのユヴァスキュラ大学。キャンパスは建築家アルヴァ・アールトが建築したことで有名
こばやしさんが通っていた、フィンランドのユヴァスキュラ大学。キャンパスは建築家アルヴァ・アールトが建築したことで有名

こばやしさんは、日本にいる頃からサウナがお好きだったんですか?

こばやしさん:どちらかというと、私が元々好きだったのは銭湯でした。日本で雑誌編集者として働いていた頃は、都内の銭湯巡りを日々のライフワークにしていて。 目に見えて数を減らしつつある日本の公衆浴場文化をどうしたら盛り上げられるのかという問題に強い関心を持っていたんです。

その後、フィンランドで暮らす中で、日本の銭湯の形態にそっくりな「公衆サウナ」という施設があり、2000年代を境に人気が再び再燃していることを知りました。そういったフィンランドの流れを調査することで、 日本の公衆浴場文化を盛り上げるためのヒントを得られるのではないかと思ったことも、研究を後押しした理由のひとつでした。

こばやしさんがサウナ好きになったのは、フィンランドに来てからだったんですね。

こばやしさんのフィンランドのご自宅にあるサウナ
こばやしさんのフィンランドのご自宅にあるサウナ

こばやしさん:フィンランドのサウナは日本のおふろのように一家や棟にひとつはありますし、大学や職場にもありますから、1年も住めばいろいろなところでお世話になります。

各々が好きなタイミングで入るのがフィンランドのサウナの特徴です。併設されている談話室でダラダラ話して、寒くなったら暖を取るためにまたサウナに入る。

こんな風に日常的に、コミュニケーションの場としてサウナを利用する感覚は、日本のおふろや公衆浴場にも通じる部分がありますよね。フィンランドのサウナが生活に根付いた"入浴習慣"であったからこそ、ここまで好きになれたのかもしれません。

「ととのう」が確立した日本独自のサウナ文化

日本ではサウナが空前の大ブームとなっていますが、サウナはいつ頃から日本にあったのでしょうか?

こばやしさん:実は、蒸気浴文化自体は日本にもともとあったんですよ。 今はお湯に浸かるものがふろだという認識が一般的ですが、それが定着したのは少なくとも江戸時代中期以降で、それまでは(天然温泉以外では)蒸気浴が主流だったという説が有力です。

その上で、日本に初めて「サウナ」という名前の蒸気浴室が設置されたのは、1951年に東京・銀座で創業した「東京温泉」というスパ施設だったと言われています。オーナーの許斐氏利さんはメルボルンオリンピックのクレー射撃に出場されていた方で、フィンランド人がサウナを愛用している様子に感化されて、再現を試みたそうです。

もちろん個人レベルではそれ以前から現地のサウナに入る機会のあった方もいたでしょうし、1964年の東京オリンピックのときにフィンランド人選手が選手村にサウナをつくったことで急速に日本人に広まったという説もあります。

江戸時代以前の蒸気浴文化から、現在に至るまでにさまざまな出来事があったんですね。ちなみに直近のサウナブームについては、どのように分析されていますか?

こばやしさん:やはりタナカカツキ先生の『サ道』の功績は大きいと思います。それまでもサウナが好きな人はいたと思いますが、「趣味はサウナです」と言ってもなかなか理解されにくかったと思うんですよ。

そんな中で『サ道』が「ととのう」というキャッチーな楽しみ方を提唱し、サウナがアイコン化されたことによって、「サウナが好きです」と公言しやすくなり、それに追随する愛好家たちが増えてきた。

そうなるとメディアも積極的に取り上げますから、裾野がどんどん広がっていく。愛好家の層の厚さに関して言えば、今までの日本の歴史の中では類を見ないほど、さまざまな年代の方がサウナを利用し、ハマっていると感じます。

(撮影:村瀬健一)
(撮影:村瀬健一)

海外と比べて、日本のサウナ文化が独自の発展を遂げていると感じる点はありますか?

こばやしさん:まず顕著なのは「ととのう」という入浴法ですよね。フィンランドや、蒸気浴文化を持つロシアや欧米諸国の人たちは、サウナで蒸気を浴びてリラックスしたり、サウナ室で歓談したりという、 蒸気浴そのものを楽しんでいます。ですが、日本における「ととのう」入浴法においては、むしろサウナの後に水風呂に入って外気浴をして恍惚感を得ることが目的になっている。これは日本独自の様式だと言えると思います。

また、一般の方がサウナブームの担い手になっていることも、日本ならではだと思います。現在のサウナブームの直接的なきっかけはタナカカツキ先生の『サ道』だと思うとお伝えしましたが、カツキ先生も本業は漫画家なのであって、あくまでサウナ愛好家のひとりですよね。

今や多くの方が利用している「サウナイキタイ」というサウナの検索サイトも、もともとは愛好家のエンジニアたちが「こんなサイトがあったらいいよね」という発想で作ったものだと聞いています。

全国9630件のサウナ施設が掲載されているサウナ検索サイト「サウナイキタイ」
全国9630件のサウナ施設が掲載されているサウナ検索サイト「サウナイキタイ」

“プロではない人”たちの訴求力によって、入浴文化そのものが立派な趣味となり、盛り上がっている国は他に見たことも聞いたこともありません。 興味を持ったことやこだわりを徹底的に追及する、日本人特有のオタク気質がサウナを独自の文化に発展させたとも言えるのではないでしょうか。

世界をめぐる中で知った、日本のおふろの多様性

こばやしさんが世界中のおふろを見てきた中で、特に印象に残っているものはありますか?

ジョージアの首都トビリシにある、アバノと呼ばれる共同浴場
ジョージアの首都トビリシにある、アバノと呼ばれる共同浴場

こばやしさん:入浴を体系的に見るといくつかに分類されるのですが、湯に浸かる温水浴で印象に残っているのはジョージアですね。

お湯を沸かすのはたくさんの水とエネルギーが必要になるので、基本的にはお湯に浸かる文化があるのは豊富に温泉が湧く国だけなんですよ。しかも、温泉があっても、水着を着て男女混浴で入るようなリゾート・スパとして楽しむ国がほとんどです。

そんな中で、ジョージアの首都・トビリシは2016年当時のレートで150~200円(※現在は約500円)も払えばかけ流しの男女別の共同浴場や貸し切り用の家族風呂に裸でに入れますし、体を洗ってくれるサービスもある。 日本の銭湯のように日常使いできるところが個人的に好きでした。しかも、硫黄泉の天然温泉です。

サウナをはじめとした蒸気浴文化で印象に残っている国はありますか?

こばやしさん:つい最近訪れた、タイとラオスの薬草スチームサウナは新鮮でした。

世界の蒸気浴に共通するのは、神聖な清めの場所としても機能していること。一方で、タイやラオスの蒸気浴は今も昔も健康志向が強い。

彼らは地産ハーブの効能を伝統医療に応用していて、その効能を信じて料理や入浴の場にハーブを取り入れています。現地の薬草の香りがたちこめるサウナを利用しているお客さんの誰に聞いても「健康のためにサウナに入っています」ときっぱり言うのがおもしろかったです。

タイの薬草スチームサウナで使われる、薬草やルートハーブ
タイの薬草スチームサウナで使われる、薬草やルートハーブ

タイに比べると途上国のラオスでも、野草に関する知識とこだわりがすごくて。ジャングルの中に住んでいる方の家に滞在させてもらっていたとき、「これはお茶にできる」「これは蒸して蒸気を浴びる」などと言いながら、周りの森で野草をひょいひょいと採ってくるんです。 そうした生活の知恵と、入浴文化をマッチングさせているところがユニークだなと思いました。

いろいろな国のおふろを体験してきた中で、日本のおふろ文化を再評価したポイントはありますか?

こばやしさん:先日、フィンランドの方々を連れて日本の入浴文化ツアーをした際に、改めて日本の入浴文化の多様性を感じました。

たとえば「おふろと言えば、これ」という形態が一つではなく、家のふろや、銭湯や温泉もあり、サウナという蒸気浴文化も取り入れている。また、日本には、薬草を民間療法に古くから取り入れている土地も多いですよね。

滋賀県と岐阜県にまたがる伊吹山。ヨモギやトウキ、ゲンノショウコなど、薬草として活用されてきた植物が現在も多く自生している
滋賀県と岐阜県にまたがる伊吹山。ヨモギやトウキ、ゲンノショウコなど、薬草として活用されてきた植物が現在も多く自生している

おふろタイムズを運営している松田医薬品が「蘇湯」プロジェクトで関わられている伊吹山でも、昔から薬草を民間療法に取り入れていましたよね。フィンランドにはサウナを療治に利用する文化はないので、先ほどのツアーで伊吹山に近い岐阜県大垣市の田辺温熱保養所を訪れたときも、 参加者の皆さんが「それぞれの薬草がどんな意味を持っているのか」と興味津々で聞いていました。

田辺温熱保養所の蒸気浴室
田辺温熱保養所の蒸気浴室

フィンランドの人々が日本のふろ文化の中で特に驚いていたのは、微生物が発する発酵熱によって体を温める酵素風呂です。 「微生物による自然発酵の熱で体を温めるなんて、最初に誰が考えたの?」と参加した全員が目を丸くしていました。

歴史の中で衰退してきたものもありますが、まだ日本にはさまざまな入浴方法がまんべんなく残っている。この多様性は世界的に見てもめずらしいと私は思います。

フィンランドのサウナは心と体を温めるサードプレイス

日本ではサウナブームが盛り上がる一方で、閉館する銭湯も増えてきています。 銭湯文化を盛り上げるには、どういった取り組みが必要だと思いますか?

こばやしさん:私は日本の銭湯が大好きですけど、やみくもに廃業を阻止すべきとは、今は思っていません。というのも、日本は世界的に見ても公衆浴場の入場料の平均価格が安すぎるくらいで、その風潮のなかで苦労して店を維持し続けることは、必ずしも経営者を幸せにしないと感じるからです。

世界中のスパ施設を見渡しても、日本よりも物価が安い国でさえ、日本よりも高い入浴料を設定しているところが多い。フィンランドの公衆サウナも数が増えつつありますが、どれだけ入浴料を上げても昨今のエネルギー高騰に追いつかず、経営に苦戦している施設も多いです。

もしも本当に銭湯や入浴施設を残したいと思うなら、利用者がしっかりとお金を使う。それで生き残ってくれる施設があるならうれしいですが、銭湯の経営は本当に大変ですから。 運営している方々が自分たちを犠牲にしてまで維持していくものではない、というのが私の意見です。

最後に、こばやしさんにとって「おふろ」とはどんな存在か、教えていただけますか?

フィンランドの公衆サウナでは、常連客とのお喋りも楽しみのひとつ
フィンランドの公衆サウナでは、常連客とのお喋りも楽しみのひとつ

私はおふろとサウナに人生を大きく左右された一人なので、一言で表現するのは難しいですね。最初は自分の興味関心から調べはじめたことが仕事にまで発展して、フィンランドや、遠く離れた日本でも“サウナの人”として認知してもらえるようになった。入浴を通じて出会った人がさらに新たな出会いを招き、 今や夫を含めた私の人間関係のほとんどすべてがおふろとサウナに接点をもっている気がします。

ただ、世界のどこの浴場にも共通してひとつ言えるとしたら、入浴だけでなく他者との交流も楽しむサードプレイスとして機能しているとは思います。特にフィンランドの公衆サウナの雰囲気は、日本の居酒屋でだれとでも心地よく話す“飲みニケーション”に近いと思うのですが、 そうした交流を求めてサウナに通っている人は多いと思います。

私が通っているサウナでは誰も私の名前を知らないけれど、お互いの日常についてはえらくよく知っているみたいなことが起きています(笑)。そういう人間関係って人生において希少じゃないですか。そんないい距離感の関係性が、日々のストレスを緩和するセラピー的な力を持っているとは日々感じていますね。

遠く離れた日本の銭湯と、フィンランドのサウナ。国や入浴形態が異なり、それぞれが独自の発展を遂げつつも、疲れた心と体を温めて癒すコミュニティとなっている。その点において、2つの入浴文化は海を越えてつながっていると言えるのかもしれません。


世界のサウナやおふろを巡ってきたこばやしさんのインタビューを通じて、日本の入浴文化の多様性に改めて気付かされました。 

こばやしさんのお話にもあったように、薬草は古くから日本の生活やおふろに欠かせない存在。ぜひ、天然生薬を使った入浴剤で、身体を芯からあっためてくださいね。

構成:佐々木ののか
編集:荒田もも、友光だんご(Huuuu)

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